ボツ案イコールダメな案??
採用されなかった案の存在価値についてのお話。
今日社内会議で意見交換・意見の発散の場があった。
どのような軸でデータを区分け、分析すればいいのだろうというマニアックな議論だ。
例えるなら数あるラーメンの分類分けをスープ軸(醤油・ミソ・豚骨)で分けるか麺軸(太麺・細麺・刀削麺)で分けるかといったかんじだろうか…
この手の話を進めるために意見や案はなるべく多くあったほうが良く、意見が飛び交うのがナイスな会議といわれている。
そんな会議を作るべく大切なのは意見や案を出してもらったときのリアクションだ、特に立場が上なヒトの。
ポイントはどんな意見も否定せず受け入れる事。そうして数を集めて結果どれかを選択する、あるいは組み合わせる。
出てきた矢先に、そんな案はダメだよと頭ごなしに否定するのは愚の骨頂である。
採用されるよりも多くの案がボツとなるのが常であって、なんとなく最初にこうなんだろうな、と思っていた案に落ち着くこともよくある。
だったら案など集めずに最初から1つの案を信じて進めばいいじゃないか、というご意見も出てくるだろう。
だけどそれはちょっと違くて、大切なのは採用される案が採用されるべく採用されたと確信を持つことなのである。
言い換えるとボツになった案があったこそ、採用された案が正当だと判断できるのだ。ボツ案があるからこそ、である。
なので優秀なマネージャーほど、採用されなかった案を出したヒトに
「●●がその案を出してくれたおかげで、採用案で行くことに自信をもつことができたよ」と案を出してくれたことに感謝できるのだ。
そして今日の社内会議はまさにお互いがそのように意見を尊重しながらベスト案を作ることが出来た中々いい時間だった。
自分を優秀だと自負している方にこそ知ってもらいたいナイスな会議にするためのポイント。
誰だって否定されたら傷ついてだったらしゃべらなくていいやってなっちゃうからね。こなくそってなるほど熱量あるサラリーマンもさほどいないのが現実です。